2か月間の旅を経て、孤高のシャーリーの閉ざした心が徐々に開いていくのには、胸にグッとくるものがありました。
特に、演奏旅行を終えたクリスマスイブに、シャーリーとトニーがニューヨークへ戻る雪の道中は秀逸でした。
ラストシーンも良かったのですが、それよりも道中の場面場面は、それまで映画で描かれてきた内容と対比的で、気持ちが救われました。
この道中からラストシーンまでたびたび登場するメリークリスマスというセリフは、とても象徴的だと思います。
本作は、白人の救世主という批判を受けることもあり、難しい題材を扱った作品です。
批判を受ける作品ですが、とても面白かったです。
映画の舞台となる1960年代の南部アメリカは、制度的、人種的差別構造が残っており、公民権運動が盛んだった時代です。
南部アメリカでは、20世紀の半ばを過ぎても、18世紀後半から19世紀の人種差別の様子と構造的に変わっていませんでした。
1960年代は、ジム・クロウ法、慣習差別、旅行制限、そして黒人が移動・宿泊・飲食・トイレ利用で直面する理不尽な制度が残っていたのです。
生々しいほどに近い時代であり、当時20代だった若者は、その多数が存命であることを考えると、過去の事とは捉えられません。
映画で描かれた1960年代という時代の影響を21世紀の現在でも我々は受けています。もっとも身近なのは音楽だと思います。
映画ではアレサ・フランクリンの曲が流れますが、同時代に活躍したミュージシャンには、ビートルズやローリング・ストーンズ、ボブ・ディランなど、21世紀になっても強い影響を与えるミュージシャンが数多くいました。
そうした時代の中で、トニーとシャーリーは衝突しながらも互いから学び、人間性を認め合い、人間的な絆を育んでいきます。
シャーリーが、暴力は無意味だ、品位を身に着けろ、という趣旨をトニーに言いますが、映画は、人種差別というテーマの他にも、暴力と権力というテーマも描いています。
感想/コメント
グリーンブックの必要性
本作「グリーンブック」(原題 “Green Book”)は、1960年代初頭のアメリカ南部を舞台にしています。
黒人ピアニスト・ドン・シャーリーと、イタリア系白人の用心棒兼運転手トニー・リップが、南部巡業ツアーを通じて友情を築いていくロードムービーであり、人種差別や偏見をテーマとしたヒューマンドラマです。
物語は、ニューヨークのナイトクラブで働いていたトニー・リップ(ヴィゴ・モーテンセン)が、コパカバーナのクラブ改装に伴って仕事を失うところから始まります。
そうした中、運転手を探しているという話がトニーに舞い込みます。
黒人ピアニストのドン・シャーリー(マハーシャラ・アリ)が南部ツアーに出ることになり、彼の演奏旅行に同行する運転手兼護衛を探していたのです。
トニーは、雇用条件をめぐって迷いながらも、2か月間の旅に出ることに承諾します。
アメリカ南部の巡業には「黒人用旅行ガイド=グリーンブック(The Negro Motorist Green Book)」が必須でした。
グリーンブックは、黒人旅行者が宿泊・食事・給油・トイレ利用などで差別を回避するために利用できる施設を掲載したガイドブックです。
長距離旅行においては、宿泊できるホテル、食事できるレストラン、トイレを使える場所などが白人によって排除されているケースが多く、旅行中に食事も宿泊もできず、危険にさらされることが頻繁にありました。
こうした現実が、黒人用旅行ガイド「グリーンブック」の刊行・利用へとつながりました。
グリーンブックは1900年代初頭から発行され始め、黒人旅行者向けに黒人が安全に立ち寄れる施設を紹介するものでした。
映画では、グリーンブックを頼りに、ドン・シャーリーとトニーは南部を旅します。
映画の序盤で、トニーはグリーンブックを軽んじていました。そこまで深刻に考えていなかったからです。
しかし、ガイド掲載先以外では宿泊を拒否されたり、車を降りて白人のための施設を利用できなかったりする困難と直面し、トニーの意識が変わっていきます。
1960年代南部アメリカの人種差別
1960年代のアメリカ南部には「ジム・クロウ法」(Jim Crow laws)という法制度的な差別制度が残っていました。
駅・劇場・学校・図書館・トイレ・飲食店など、公共空間を白人と黒人で厳格に分離する法令および慣行を指します。
こうした制度は南アフリカのアパルトヘイトも知られます。アパルトヘイトは1994年に撤廃されました。どうようの制度が、アメリカでも近年まで残っていたのです。
黒人が白人用の施設を利用することはほとんど認められず、白人専用トイレ・黒人専用トイレなどがあり、色別表示が日常化していました。
交通、住居、雇用、投票権などにおいても黒人は白人に比して構造的に不利な扱いを受けており、公共交通機関で黒人が後部座席に座らされたり、白人の陰で立つよう強要されたり、列車やバスで白人専用席を回避しなければなりませんでした。
教育においても、地域によって学校の質に差があり、黒人学校には資源が十分に与えられませんでした。
なお、こうした不利益を解消する制度として、アファーマティブ・アクションが実施されます。
アファーマティブ・アクションは、本作でシャーリーが助けを求めた司法長官ロバート・ケネディの実兄ジョン・F・ケネディ米大統領が1961年の大統領令で初めて使用しました。
映画でも描かれますが、警察の取り締まり、治安維持と称した暴力行使や逮捕など、黒人が夜中に出歩くだけで不審視されることもありました。
制度的な差別に加えて、アメリカ南部では間接差別や慣習差別が幅広く浸透しており、白人至上主義的な思想が根強く残っていました。
黒人は能力が劣る、黒人は知的でない、黒人は白人の従属下にあるべきだ、というステレオタイプや偏見が、社会意識・文化・政策の中で支えられていたのです。
ケネディ家の時代
映画が描かれた1962年はケネディ家の時代でした。
ジョン・F・ケネディが大統領、弟のロバート・ケネディが司法長官です。
シャーリーがロバート・ケネディに助けを求めた2日後、ジョン・F・ケネディが暗殺されます。
暗殺されたのは、アメリカ南部のテキサス州ダラスでした。
黒人知識人・芸術家の苦悩
ドン・シャーリーのように学識と教養を備え、高い芸術性を持つ黒人の苦悩もテーマの一つです。
アメリカ社会の中で例外的な成功者として振る舞いながらも、アメリカ南部の差別の壁には阻まれ続けます。
ドン・シャーリーは、その高い学識と教養、そして芸術家としての成功ゆえに、黒人社会からは同胞とみなされず、かといって白人社会からも受け入れられないという、アイデンティティ・クライシスに直面します。
ドン・シャーリーは、毎晩一瓶のカティサークを飲み干すことで、そうした状況から目を背け続けたのです。
トニーとシャーリー
トニーは粗野で無学、腕っぷしだけが取り柄のイタリア系白人として描かれます。
シャーリーは複数言語を操り、クラシック音楽とジャズを自在に紡ぐインテリ黒人として描かれます。
シャーリーには強い信念があります。暴力は無意味であり、品位によって対抗すべきであるというものです。
それは映画を通じて一貫して描かれるシャーリーの信念であり、肉体的な暴力だけでなく、制度や権力が持つ見えない暴力に対するアンチテーゼを促す役割を果たしています。
音楽と演奏
シャーリーが学んできた音楽はクラシックでした。
シャーリーは心の中ではクラシック演奏家としての成功を夢見るのですが、どれだけ才能があっても黒人クラッシック演奏家の夢は叶わないことを知っています。
それがゆえに、シャーリーはクラシックに対する強いこだわりを持つのですが、旅を通じて変化が生まれていきます。
それが端的に現れているのが、バーでの即興演奏です。シャーリーの本来の自分が解放されているように描かれ、演奏後、シャーリーは楽しかったと感想を述べます。
映画情報(題名・監督・俳優など)
監督 / ピーター・ファレリー
製作 / ジム・バーク、チャールズ・B・ウェスラー、ブライアン・カリー、ピーター・ファレリー、ニック・ヴァレロンガ
製作総指揮 / ジェフ・スコール、ジョナサン・キング、オクタヴィア・スペンサー、クワミ・L・パーカー、ジョン・スロス、スティーヴン・ファーネス
脚本 / ニック・ヴァレロンガ、ブライアン・カリー、ピーター・ファレリー
撮影 / ショーン・ポーター
プロダクションデザイン / ティム・ガルヴィン
衣装デザイン / ベッツィ・ハイマン
編集 / パトリック・J・ドン・ヴィト
音楽 / クリス・バワーズ
音楽監修 / トム・ウルフ、マニシュ・ラヴァル
出演
トニー・“リップ”・ヴァレロンガ / ヴィゴ・モーテンセン
ドクター・ドナルド・シャーリー / マハーシャラ・アリ
ドロレス・ヴァレロンガ / リンダ・カーデリーニ
オレグ / ディメター・マリノフ
ジョージ / マイク・ハットン
ルディ / フランク・ヴァレロンガ
キンデル / ブライアン・ステパニック
ロスクード / ジョー・コーテス
アミット / イクバル・セバ
ジョニー・ヴェネレ / セバスティアン・マニスカルコ
チャーリー / ピーター・ガブ
モーガン / トム・ヴァーチュー
ボビー・ライデル / ファン・ルイス
プロデューサー / P・J・バーン
アンソニー / ルイ・ヴェネレ
ニコラ / ロドルフォ・ヴァレロンガ
フラン / ジェナ・ローレンゾ
ルイ / ドン・ディペッタ
リン / スハイラ・エル=アーター
フランキー / ギャビン・ライル・フォーリー
カーマイン / ポール・スローン
マイキー / クイン・ダフィ
ポーリー / ジョニー・ウィリアムズ
ゴーマン / ランダル・ゴンザレス
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