この映画は「心のそばに」のシーンを見るためにある映画だと思いました。
細田守監督もインタビューで答えていますが、「美女と野獣」をモチーフにして作られただけあり、この曲が流れるシーンは「美女と野獣」のそれとそっくりです。
このシーンはMVにも使われていますが、作画の力の入れようが凄まじいです。美しく、優雅で、可憐です。
そして、曲の最後のハイトーンで心の全てが持っていかれます。自然と涙が溢れる人もいると思います。
では、MVだけを観ればよいかというと、そうではありません。ここまでの流れを映画で観たほうが感激が増します。
このシーンは映画のほぼ中間にあり、クライマックスになるシーンですので、このシーンまで見れば十分かもしれません。
ですが、ストーリー上は、すずがUの世界で正体を明かして歌う「はなればなれの君へ」のシーンがクライマックスです。
それにもかかわらず、映画としてのクライマックスは、この「心のそばに」のシーンです。
ここまでで見るのを終えても良いのではないかというのには別の理由もあります。
それは後半に行くに従い、あらゆる綻びが目立つ様になるからです。
さて、前半で流れる「ささやき」と「歌よ」「導き」の一連の曲群も素敵です。
なお、映画のプロモーションで流された曲「U」は好きになれませんでした。
ミュージカル・アニメを意識
モチーフとなる作品
インターネット上の仮想空間を舞台にしているのは細田守監督の「サマーウォーズ」(2009年)と同じです。
設定はスティーヴン・スピルバーグ監督の「レディ・プレイヤー1」(2018年)に似ている感じがしました。
細田監督は「竜とそばかすの姫」でインターネット空間を舞台にしたミュージカル映画に挑戦したかったようです。
アメリカには、ディズニー映画が中心になりますが、ミュージカル・アニメに伝統があり、憧れの様なものがあったのでしょう。
ミュージカル・アニメに挑戦するにあたり、選んだモチーフが「美女と野獣」です。
インターネットは現実と虚構の二重性を有している点と、「美女と野獣」の二重性を重ね合わせています。
18世紀に書かれた「美女と野獣」を、21世紀の仮想空間で展開することにしたのです。
「美女と野獣」そのまんまというシーンもあり、影響の強さが伝わってきます。
その割には、音楽の色合いが強く感じられません。
この点、ミュージカル・アニメ、音楽映画としては成功したとは言い切れません。
音楽を多く取り入れて成功したアニメは2022年公開の「ONE PIECE FILM RED」まで待つことになります。
鈴とBellとBelle
「ONE PIECE FILM RED」と比べて、本作の良い点は、主人公すず=ベルの声と歌の声が同一であるという点です。これは良かったと思います。
ベル(Belle)にはフランス語で美しいという意味があり、美の女神というイメージを与えたそうです。
インターネットは、なんでも自由になる、美しくいられる仮想世界の中でも、さらにその中心にいるような美しさを持つ人がベルという設定です。
さらに<U>の世界にいる50億人の人に響く歌を歌うディーヴァとして描かれます。
ベル(Belle)の本当のハンドルネームは、名前の鈴(すず)から名付けられたBell(鐘)でしたが、勝手に最後に“e”をつけて「美しい」という意味になるBelleに意味を変えて呼ばれるようになります。
そして、Belle(ベル)という名は「美女と野獣」のヒロインと同じになります。
舞台
映画で登場する現実世界の舞台は2ヶ所です。高知県と東京都です。
主人公のすずが住んでいるのは高知県です。
映画にはクジラ度々登場しますが、舞台が高知だからです。
高知沖には、クジラが見えますので、高知県を象徴する生き物として登場します。
すずが通学時に渡る沈下橋のモデルは仁淀川にかかる浅尾沈下橋です。
普段利用しているバス停は県交北部交通の西の谷第二バス停、鉄道駅はJR伊野駅です。
すずが通う高校は、東京の高校がモデルになっています。
高校の廊下は東京都立西高等学校です。
ルカが吹奏楽の演奏をしていた中庭は東京都立武蔵高等学校です。
吹奏楽部のモデルは「オレンジデビルズ」の異名をとる京都橘高等学校吹奏楽部です。
また、後半で東京が舞台になりますが、登場する駅は東急多摩川線の多摩川駅です。
昔は目蒲線の多摩川園駅と言っていました。二子玉川園と同じく、昭和の後半まで小さな遊園地があった場所です。
映画の舞台となる場所は多摩川駅から少し離れており、実際は田園調布駅からの方が近いかもしれません。
でも、多摩川駅から、川沿いに二子玉川方面って、あまり歩かないと思うんですよね。
土手の上が道路になっており、川沿いを歩くのが危ないので…
各所で破綻する展開
この映画は「心のそばに」のシーンを見るためにある映画だと思っていますので、いろんなところで破綻していることは、あまり気になりませんでした。
とはいえ、いろいろツッコミどころは多いです。
例えば、自警団ジャスティスのジャスティンには顔を強制公開できるアンベイルの権限が与えられています。
何故たかが自警団ごときにそこまでの権限が与えられているのでしょうか。
アンベイルに関しては、すずの幼なじみのしのぶが、自らアンベイルすることを提案します。
しのぶは何を考えているのでしょう?ネットリテラシーが欠如している人の発言です。正気とは思えませんでした。
50億人の前で、素顔をさらすリスクよりも、他の選択肢が必ずあります。
しのぶについては他にもあります。
突如としてすずに「お前、ベルだろ」というセリフは、前振りゼロだったため、どういう流れでその発言が出たのか理解できません。
すず=ベルを「知っている」という点では、合唱団の仲間もそうです。なぜ知っているのでしょう?
映画のテーマとして児童虐待もあるのだと思いますが、最後の結末が回収されずに終わるのも、なんだかなぁ、と思ってしまいます。
兄弟への児童虐待が〈U〉で配信されている描写に対して、「見るな」と言う恵の行動も整合性に疑問があります。
そして、すずが一人で東京へ向かうということ自体に、どうなのよ、と思わずにいられませんでした。
てっきり、しのぶが追いかけて一緒に行くのだろうと思ったのですが…
ということで、見るのは「心のそばに」のシーンまでで良い様に思います。
映画情報(題名・監督・俳優など)
監督 / 細田守
製作 / 伊藤響,田中伸明,菊池剛,齋藤佑佳
企画 / スタジオ地図
製作指揮 / 沢桂一
プロデューサー / 齋藤優一郎,川村元気,高橋望,谷生俊美
制作プロデューサー / 石黒裕之
制作 / スタジオ地図
原作 / 細田守
脚本 / 細田守
キャラクターデザイン / 青山浩行
CGキャラクターデザイン / ジン・キム,秋屋蜻一
作画監督 / 青山浩行
CGディレクター / 堀部亮,下澤洋平
撮影監督 / 李周美,上遠野学,町田啓
美術監督 / 池信孝
プロダクションデザイン / 上條安里,エリック・ウォン
美術設定 / 上條安里
色彩設計 / 三笠修
衣装 / 伊賀大介,森永邦彦,篠崎恵美
編集 / 西山茂
音楽監督 / 岩崎太整
音楽 / 岩崎太整,ルートヴィヒ・フォルセル,坂東祐大,挾間美帆
CG作画監督 / 山下高明
ミュージックスーパーバイザー / 千陽崇之
リレコーディングミキサー / 佐藤忠治
スーパーバイジングサウンドエディター / 勝俣まさとし
コンセプトアート / 上国料勇
声の出演
内藤鈴/Belle / 中村佳穂
しのぶくん(久武忍) / 成田凌
カミシン(千頭慎次郎) / 染谷将太
ルカちゃん(渡辺瑠香) / 玉城ティナ
ヒロちゃん(別役弘香) / 幾田りら
吉谷さん / 森山良子
喜多さん / 清水ミチコ
奥本さん / 坂本冬美
中井さん / 岩崎良美
畑中さん / 中尾幸世
ジャスティン / 森川智之
恵・知の父親 / 石黒賢
ひとかわむい太郎/ぐっとこらえ丸 / 宮野真守
鈴の母 / 島本須美
Peggie Sue / ermhoi
知/天使 / HANA
イェリネク / 津田健次郎
スワン / 小山茉美
フォックス / 宮本充
野球評論家 / 多田野曜平
司会者 / 牛山茂
鈴の父 / 役所広司
桝太一
水卜麻美
竜 / 佐藤健
2021年公開の映画