宇江佐真理の「あやめ横丁の人々」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

いわくつきの「あやめ横丁」。そんな横丁に逃げ込んできた旗本三千石の三男、紀藤慎之介もある事情を抱えていた。

この「あやめ横丁」のあやめは、花のあやめではない。それが何なのかは本書に書かれているが、何となく想像はつくだろう。

文庫版のあとがきに、本書は一遍のおとぎ話として書いたといっている。架空の場所で、あやめ横丁のような町が形成されていたとは考えにくいと著者自ら述べている。だから、時代小説というよりはファンタジーとして捉えてもらえるとわかりやすいともいっている。

だが、解説の歴史学者の氏家幹人氏はアジールとしての「あやめ横丁」のような場所があった可能性を否定していない。

まずは、江戸時代の駈込み寺(縁切寺)の鎌倉松ヶ岡の東慶寺や上州徳川郷の満徳寺の例を出し、次に老中松平定信の側近水野為長が主君のために集めた様々な風説や情報を記した「よしの冊子」の寛政元年(一七八九)の項を例に出して、「あやめ横丁」のようなアジールの可能性を示している。

この「あやめ横丁」というアジールに逃げ込んだ紀藤慎之介だが、逃げ込んだ初っぱなに、伊呂波から次の言葉を浴びせられ、憮然とする。

「いいや、まじめな話さ。間男なんざ、別に珍しくもない。それにいちいち命を賭けるのが馬鹿馬鹿しいと言うんだ。あたしは神さんも仏さんも信じちゃいない。人が死んだら極楽か地獄に行くという話も信じない。人が生まれ変わるということも眉唾だと思っているよ。命は最初っから一つさ。あたしが言いたいのは、手前ェがされていやなことはひとにもしちゃならないってことさ。誰だって殺されたいと思っている奴はいない。そこに意地だの、義理だの、こむずかしい話を持ち込んで、やむにやまれぬ事情でござると、しゃちほこばって言われたって白けるだけさ」

このことが昨今の社会状況をふまえ、作者がいいたいことだったらしい。

さて、著者は本書は時代小説というよりはファンタジーとして捉えてもらえるとわかりやすいと述べているが、私はもともと時代小説や歴史小説というのはファンタジーの要素を多く含んでいると思いながら読んでいる。もちろん、他の要素もある。

時代小説も歴史小説も題材となる舞台や人物を過去にもとめているだけで、歴史自体を描いているものではない。歴史学でもなければノンフィクションでもなければジャーナリズムでもない。小説である以上、虚構であり、事実だけを追求したものではないのはわかってもらえると思う。

さらに、過去という曖昧模糊としたものを題材としているので、作者による多くの想像が働いている。こうしたところに必然的にファンタジーの要素をはらむのと思っているのだが、どうだろうか。

※小説の中に登場する東慶寺の紹介

内容/あらすじ/ネタバレ

紀藤慎之介は本所御竹蔵近くの「あやめ横丁」の岡っ引き権蔵のもとへ逃げた。身を隠していた日本橋本石町の裏店に浪人ふうの男が四人も訪れていきなり抜刀したのだ。

権蔵の所には伊呂波という娘がいた。伝法な口のききようで、気の強い性格のようだ。権蔵の家は葉茶屋を営んでいる。店を切り盛りしているのは女房のおたつだ。

慎之介は紀藤家の三男だったので笠原家に養子にはいることになっていた。妻になるはずの娘は笠原七緒といった。しかし七緒は自分の屋敷に奉公していた男と相惚れの仲だった。

あろうことか、祝言の宴の中、この男が七緒を連れ出した。屈辱の中これを追いかけた慎之介が男を斬り捨てたのだが、後日七緒が首を縊ってしまった。お家断絶が決まってしまった笠原源太夫は頭に血を上らせ、慎之介を斬ることに執念を燃やし始めたのだ。

こうしてあやめ横丁に逃げ込んできた慎之介であるが、権蔵からあやめ横丁から外に出なければまず大丈夫だといわれる。

あやめ横丁を散策していると慎之介は太吉という少年に誰を殺したんだと聞かれて驚く。ここの住人はすでに自分のことを知っているのか。そう思ったが太吉は見知らぬ人にこう聞くのだという。

それにしてもこのあやめ横丁には訳ありな人間が集まっているようである。そのことを伊呂波にいい、あやめ横丁のことを少しでも知りたい慎之介は太吉のことを尋ねた。伊呂波は言葉尻に溜め息を混ぜながら太吉と太吉の兄・新吉のことを話し始めた。それは壮絶な話だった。

あやめ横丁に来てからというもの暇をもてあましている慎之介のところに大家の林兵衛が子供たちに手習いを指南してもらえないかといってきた。

通ってくることになったのは、十二才の助蔵を頭に、彦次、お梅、おゆり、寅松、それに例の太吉だった。

ただ、毎日手習いを教えるというわけでもなかったので、暇な時間はある。おたつが貸本屋の夜がらすで本でも借りたらどうかという。夜がらすはお駒という女が一人でやっている。

ただし、夜には借りに行くなという。その本当の理由がわかったのは、一膳飯屋のあけぼので、あやめ横丁に住む人々について主の幸助から話を聞いて切なくなった慎之介が夜がらすを訪れた時のことだった。

あやめ横丁の逗留が三ヶ月になろうとしていた。そんなある日、慎之介を捜している浪人らしい男たちがあやめ横丁に現れた。まだ笠原家では諦めていなかったのだ。

それとなくは気がついていたが、伊呂波は権蔵の実の娘ではなかった。おたつの連れ子だという。その話を聞いている中、お駒が首を縊ったという知らせが飛び込んできた。先日、慎之介はお駒からあることを打ち明けられていたので、内心悔やまれるものがあった。

慎之介は田島文之進という浪人と親しくなった。田島文之進はすこぶるつきの照れ屋で知り合うのに時間がかかった。この田島は剣術の方がかなりのもので、慎之介は剣術の指南を受けることになった。いつなんどきこの前のように笠原の人間どもが襲ってくるかわからないからだ。そして、田島はいつでも助成するといってくれた。

この田島はその照れ屋であるところから貧乏くじを引いてあやめ横丁にやってきていた。

田島と剣術の稽古をしているとき、太吉の祖母・お粂が通りかかった。その後、慎之介はお粂と話す機会を得た。この時に伊呂波の話がぽろっとお粂の口から漏れ、そのことが慎之介は気になった。その後、南町奉行所臨時廻り同心久慈仲右衛門の小者・仁助からおたつについての話も聞いた。

こうした話を方々から聞いたあとで、慎之介は権蔵、おたつの二人から本当のことを打ち明けてもらった。

慎之介はくるり屋のおうのという娘に卦をみてもらうことにした。座頭の松市がよくあたるというからだ。それに、先行きの見えないあやめ横丁での生活になにかの指針になればという気持ちもあった。

おうのに卦を見てもらったあと、紀藤家の若党・吉野多聞が慎之介を訪ね、長兄の勇之進が病で亡くなったと告げてきた。そして、慎之介が後継に決まったという。呆然とする慎之介だが、いまだに笠原家が狙っている中、慎之介は実家の紀藤家に戻ることが出来ない。

本書について

宇江佐真理
あやめ横丁の人々
講談社文庫 約四五五頁

目次

あめふりのにわっとり
ほめきざかり
ぼっとり新造
半夏生
雷の病
あさがら婆
そっと申せばぎゃっと申す
おっこちきる
あとみよそわか
六段目

登場人物

紀藤慎之介
伊呂波…権蔵の娘
権蔵…あやめ横丁の岡っ引き
おたつ…権蔵の女房
太吉
新吉…太吉の兄
お粂…太吉の祖母
友吉…番太郎
米倉洪庵…医者
伊勢吉…髪結職人
おゆり…伊勢吉の娘
幸助…めしやの主
お梅…幸助の娘
助蔵
彦次
寅松
お駒…夜がらすの女主人
林兵衛…大家
田島文之進
香明…尼僧
お久…丸南の孫娘
恒吉…夜がらすの主、お駒の後釜
松市…座頭
おうの…くるり屋の娘
久慈仲右衛門…南町奉行所の臨時廻り同心
仁助…小者
紀藤伊織…慎之介の父
まさ…母
勇之進…長兄
吉野多聞…紀藤家若党
ひふみ
笠原源太夫
笠原七緒
居串時之助

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