津本陽の「龍馬(四) 薩長篇」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

薩長同盟の立役者として、薩摩藩から洋帆船を褒美としてもらうことになったが、その船を難破で失ってしまう。

これから海運業者としてのスタートしようとする矢先のことで、龍馬は船を持たない海運業者となってしまう。亀山社中が最も苦しい状況に置かれた時期が描かれている。

龍馬が頼ろうとするのは薩摩藩と長州藩。だが、薩摩藩にはこれ以上のことは要求できない。残るは長州藩だが、長州征伐の軍との戦があり、長州藩から船を借りて操業することも叶わない。

そこに土佐藩の後藤象二郎が長崎へやってきて、貿易を開始するという知らせが飛び込む。同じ土佐の人間。これと手を組まない手はないと考え始める。

さて、相変わらず読みにくい本であるが、その理由の一つとしては、龍馬と周囲の人間の事跡と、諸藩の動き、志士たちの個人の動きが同列に語られることに原因であるのではないかと思う。

すくなくとも、龍馬と周囲の人間の事跡と、諸藩の動き、志士たちの動きというのを切り離して描くべきであった。

こうしたことは段落を設け、空白行を設けることでかなり解決できたのではないかと思う。

できれは、諸藩の動きと志士たちの動きというのも分けた方が良かったかも知れない。

それは、「この頃の情勢は」とか「その頃の志士たちは」といった風な紋切り型の書き方でも良かったのではないか。

内容/あらすじ/ネタバレ

京都から敗走する長州藩兵の中には神戸海軍操練所の生徒がいた。大坂では長州藩蔵屋敷がこわされ、新選組が潜伏している長州人を捕縛している。

坂本龍馬は大島(西郷)吉之助に会い、勝麟太郎に会って話し合ってもらいたいといった。その後、勝の所に戻った龍馬は、大島(西郷)の印象を、太鼓に例えれば、小さく打てば小さく鳴り、大きく打てば大きく鳴る、といった。

長州征伐の勅命が下された。だが、今にも外国が下関を攻撃しようとしている。勝は外国を説得するためにいくことになった。

幕府は長州征伐を口実にして参勤交代を回復させるつもりでいる。もはや幕府の意向に逆らうものはないと考え、出費を強いて勢力を弱めようと考えたのだ。そして、幕命に服従しない藩に対して強硬な態度を見せようと考えるものが増えていった。

勝麟太郎は反幕政力に対抗するためにフランスの軍事援助に頼ろうとする幕府の前途を憂いていた。

大島(西郷)吉之助が勝麟太郎と面談した。勝は、吉之助が鋭敏に現実に対応しうる人物と見ていた。

その吉之助は勝の見識の広さに驚くばかりであった。たかをくくっていた部分があるだけに、恐れ入ったのだ。

唇亡びて歯寒しという諺がある。勝は長州が滅べば矛先は薩摩へ向かうという。長州を滅亡させるのは薩摩にとって得策ではないといった。

この頃、勝の幕閣における立場は孤立の度合いを深めていた。そして神戸海軍操練所と海軍塾は幕閣から不穏分子の巣窟と見られ、廃止に追いこまれかねない状況にあった。

土佐では時勢に逆行するように土佐勤王党の弾圧が続いた。武市半平太らの本格的な尋問が開始された。

勝麟太郎に江戸へ戻れとの指示が来た。塾生達は西郷吉之助に匿ってもらうことになる。師弟達の別れであった。

龍馬達は大坂の薩摩藩邸に匿われた。薩摩藩士達は幕府の権威を全く認めておらず、時勢が大きく変わろうとしているのを知った。

塾生達は薩摩藩の客分として、胡蝶丸の運転に携わることになる。

西郷は龍馬を技術者達を使いこなす頭領としての才能があることに気がついた。そして龍馬には政治の才能がある。

慶応元年(一八六五)四月。龍馬は西郷吉之助、小松帯刀らと胡蝶丸で鹿児島へ向かった。

龍馬は吉之助が長州藩へ薩長連合をすすめる使者として頼みたいと考えているのを知っていた。長州に入れば薩摩の使者というだけで斬り殺されるかも知れない。

同志の近藤昶次郎たちは小松帯刀らと長崎へ向かい、貿易業務に当ることになる。その組織は「亀山社中」と呼ばれることになる。薩摩藩によって設立されたが、藩の機関ではなく、藩士はいない。密貿易に携わるため、幕府に察知された時に藩士がいると問題だからである。

長州には中岡慎太郎がいる。中岡は大久保一蔵、小松帯刀らと会い、長州の内情を調査するよう依頼を受ける。それからめまぐるしいはたらきを始めた。

将軍家茂は長州再征のため、江戸を出発している。

龍馬はどのように長州に入るかを考えている。中岡慎太郎に都合よく会えるか分からない。危難を避けるための準備をととのえ、長州へ入っていった。

閏五月。龍馬は桂小五郎と会った。

桂は西郷と会談することになった。桂は西郷に連合を乞うのではなく、謝罪を受けた上で、対等の関係を結ぶつもりであった。

その西郷は、突如下関には立ち寄れないと言い出す。中岡慎太郎が必死に説得したがだめだった。

桂はすかさず龍馬にどうやって面目を立てるのかと詰め寄った。これに対して、龍馬は武器を薩摩名義で購入し、長州に運ぶと約束した。

龍馬と中岡慎太郎は京に行き、約束を破った西郷をなじった。そして、龍馬の考えたとおりに武器を長州に送ることとなる。

京にいる間、龍馬と中岡慎太郎は薩摩藩邸に滞在した。

武市半平太が切腹を命ぜられた。

龍馬は薩摩藩兵糧融通の件で下関に向かったが、実際には薩長連合を完成させるものが目的だった。

薩摩と同盟交渉に当る能力をそなえているのは木戸準一郎(桂小五郎)しかいない。高杉晋作らが熱心に木戸を説いた。木戸は京へ向かうことになった。

だが、薩摩藩側は木戸が連合の相談を持ちかけてくるのを待っていた。島津久光の意向である。一方の木戸は、意地でも自分の口からは連合を求める言葉を発することができない。

このままでは何の成果もないままに木戸は長州へ帰ってしまう。

西郷は龍馬が遅れているのに気を揉んだ。龍馬は自由な立場で意見を述べられる。そうした役割がこの場には必要だった。

木戸がまさに帰ろうとしたその前日龍馬がやってきた。進展具合を聞き、龍馬は木戸を引き留め、西郷に会い、薩摩側から連合を申し出るよう舌鋒鋭く要請した。

西郷は龍馬の仲介を待ち望んでいたので、すぐに小松帯刀らを説得して、連合の具体案を薩摩側から切り出すことになる。

そして薩長連合は龍馬の斡旋により成立した。

薩長連合の密談は幕府側にも入っている。坂本龍馬が斡旋役であることも分かっている。そこで、龍馬が寺田屋に戻るのを待ち、捕縛して自白させようとしていた。

龍馬は薩摩と長州をつなぐ重要人物となっていた。

怪我を負っていた龍馬は養生かたがた、おりょうを連れて鹿児島へ行くことになる。

そして亀山社中にとっては、龍馬が薩長連合で活躍した報酬として、専用できる洋帆船をグラバーから購入し、貸与されることになった。だが、この洋帆船は遭難してしまう。

慶応二年(一八六六)七月。龍馬が鹿児島へ向かっていた頃、土佐では西に向かう一行があった。

後藤象二郎、中浜万次郎らの一行である。長崎へ行き、貿易を行う命令を受けた一行である。

龍馬は洋帆船を失い、社中同志は困窮にあえぐことになる。船を持たない海運業者となっていた。

龍馬は後藤象二郎らと組むことを考えた。

龍馬は長崎から下関の戦況を見ている。勝麟太郎が幕府軍艦奉行に復職していることも知っている。

全国では鎖国攘夷から一変して討幕論が盛んになっている。

本書について

津本陽
龍馬(四) 薩長篇
角川文庫 約四一五頁

目次

激浪
危機
浮き沈み
西への旅
けわしい前途
はるかな沖へ

登場人物

坂本龍馬
おりょう
近藤昶次郎(長次郎)
高松太郎
千屋寅之助
新宮馬之助
沢村惣之丞
伊達小次郎(陸奥宗光)…紀州藩士
池内蔵太
勝麟太郎
大久保越中守(一翁)
西郷(大島)吉之助…薩摩藩士
中村半次郎
島津久光
小松帯刀…家老
大久保一蔵(利通)
五代才助(友厚)
三吉慎蔵
山内容堂(豊信)…前土佐藩主
後藤象二郎
岩崎弥太郎
武市半平太
岡田以蔵
お登勢
中岡慎太郎…土佐藩士
桂小五郎(木戸準一郎)…長州藩士
高杉晋作
村田蔵六(大村益次郎)
伊藤俊輔
井上聞多
徳川家茂…十四代将軍
徳川慶喜
松平春嶽
中根雪江…春嶽の近臣
横井小楠
坂本権平…龍馬の兄
坂本春猪…龍馬の姪
坂本乙女…龍馬の姉

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