ゆうきまさみ「新九郎、奔る!」(第5集)の読書備忘録(要約と紹介と感想と)

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引き続き舞台となるのは文明三(1471)年で、伊勢新九郎は16歳になったところです。

本書で伊勢家宗家と備中伊勢家の世代交代が起きます。

この時の備中伊勢家への処遇が大変重要な伏線となります。

舞台となる時代については「テーマ:室町時代(下剋上の社会)」にまとめています。

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第5集の人物関係

第5集での人物関係を一覧表で整理してみます。ここでは応仁の乱の陣営を念頭に整理しました。

東軍西軍
将軍家足利義政(第8代将軍)足利義視(今出川殿、義政の弟)
伊勢氏伊勢貞親(政所執事)
伊勢貞宗(貞親の嫡子)
伊勢盛定(父)
蜷川親元(政所執事代)
伊勢貞藤(貞親の弟)
細川氏細川勝元(管領)
山名氏山名宗全
斯波氏斯波義敏斯波義廉(管領)
朝倉孝景
畠山氏畠山政長(管領)畠山義就
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第5集で描かれる時代背景

本書の舞台となるのは、文明三(1471)年です。新九郎は数え年で16歳です。

関係年表

文明2年(1470年)
●将軍:足利義政 ○管領:細川勝元(東幕府)・斯波義廉(西幕府)
◎古河公方:足利成氏 ◎堀越公方:足利政知 ○関東管領:上杉顕定
【西国】大内教幸が反乱を起こす。陶弘護に撃退される。
【京都】東西両軍の戦いは膠着状態。京都の市街地は焼け、荒廃した。
【地方】上洛していた守護大名の領国にまで戦乱が拡大。

ーーー第4集はここからーーー

文明3年(1471年)
●将軍:足利義政 ○管領:細川勝元(東幕府)・斯波義廉(西幕府)
◎古河公方:足利成氏 ◎堀越公方:足利政知 ○関東管領:上杉顕定
【京都】西軍の主力・朝倉孝景が東軍側に寝返る。
【関東】足利成氏方の千葉氏、小山氏、結城氏らが伊豆へ侵攻。上杉顕定らはその間に古河に出陣。

ーーー第7集はここまでーーー

文明4年(1472年)
●将軍:足利義政 ○管領:細川勝元(東幕府)・斯波義廉(西幕府)
◎古河公方:足利成氏 ◎堀越公方:足利政知 ○関東管領:上杉顕定
【京都】細川勝元と山名宗全の間で和議の話し合いがもたれ始める。

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物語のあらすじ

落馬

伊勢九郎盛頼は山名勢を分宿させた新九郎に怒っていました。他国の兵を容易に領内に入れるとは!

九郎盛頼は新九郎を外に連れ出して、荏原にやってきた真意を聞きたいと尋ねました。

新九郎が来てから荏原はかき乱される格好になっています。

九郎盛頼は東荏原もよこせば解決すると迫りましたが、新九郎は自分の一存では決められないとはねのけました。

九郎盛頼は弟・珠龍と政所の帳簿について意見を交換していました。新九郎は今は気が付かなくとも、いずれは気づくだろう、と考えていたのです。

駐留していた山名是豊の軍勢が出立すると、田植えが始まりました。

その田植えがひと段落した頃、珠厳と九郎盛頼は宴を開く相談をしました。

そして宴会当日の荏原政所。

新九郎一行が荏原政所に着きました。九郎盛頼はまだのようです。

珠厳が珠龍を呼んで新九郎に酒を注がせましたが、珠龍の手が震えています。

不穏な雰囲気感じとった新九郎は厠へ向かいます。外で控えていた彦次郎もただならぬ気配を感じ取っていました。

何か様子がおかしいです。彦次郎が言います

新九郎が頷きます。やはりそうか。

新九郎は腹痛をもよおしたので、帰ると告げました。ここで帰られては困る珠厳は、何がなんでも帰らせようとしません。

九郎盛頼が来ないことに焦りを覚えた珠厳は、予定とは異なりますが、新九郎一行を襲撃しました。

そこに九郎盛頼の手勢が現れます。

絶対絶命の窮地に立たされた新九郎達…。

九郎盛頼の手勢が襲いかかりました!

捕まったのは珠厳です。

実は九郎盛頼珠厳が東荏原の獲れ高操作して自分の懐に入れていたのでした。そして西荏原の獲り分にも手をつけていたのでした。

九郎盛頼はその事を知っていたのです。

珠厳は足の力が抜けてしまいます。

九郎盛頼は続けて言いました。これより荏原政所は珠龍が務めると。

九郎盛頼は事のあらましを新九郎に説明しました。

そして新しい体制になる政所の運営方法を新九郎に考えるように言います。

翌日。新九郎をつるが鷹狩りに誘ってきました。それ以来、新九郎の様子が少しおかしいのを、三郎らが気にしています。

四月二十八日。京都ーー

足利義政が伊勢貞親を訪ねてきました。

負債

足利義政は帝から将軍位を春王に譲って隠居するのかと聞かれた事を明かしました。

宮中にそうした噂が流れており、噂の出元が伊勢貞親であるというのです。

そこで足利義政は調べさせたところ、万里小路春房が全てを語ったと言います。

足利義政が伊勢貞親を訪ねたのは、息子・貞宗から頼まれてのことでした。

貞宗は、自分の諫言を聞かない父に対して、将軍から諌めて欲しかったのです。

足利義政は涙ながらに伊勢貞親に隠居を命じ、貞宗が政所執事に就きました。

貞親と一蓮托生と見られていた伊勢盛定も出仕停止、無役になりました。

詳細はわからないものの京での異変は備中荏原の新九郎らにも伝わりました。

そうした中、九郎盛頼が荏原政所にくるように言ってきました。新九郎が新たな体制になった荏原政所の運営方法を考えついたからでした。

その場に那須資氏がやって来ました。

新九郎は三者で牽制し合う仕組みを取りたいと考えたのでした。

この話し合いを終えると新九郎は京へ向かいました。

すると盛定は隠居するつもりでいます。しかし伊勢貞宗によると、厄介なことに、そのことに足利義政がヘソをまげていると言うのです。

新九郎は細川勝元を訪ね、聡明丸とも会いました。新九郎が細川勝元を訪ねたのは、父・盛定の件で相談するためでした。

翌日、新九郎は盛定と共に足利義政のもとに伺います。

足利義政は盛定に官位官職を全て返上して隠居する事を許しました。しかし、新九郎は所領を引き継ぐことは認めるが、無位無冠とすると告げます。

盛定は出家し備前入道正鎮を名のり、新九郎は家督を継いだものの、無位無冠となり、備前荏原に戻りました。

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