覚書/感想/コメント
元筆頭家老の嫡男で、故あって手習塾の師匠をしている神山慎吾。主家の臼隈藩との関わりは無くなったと思っている矢先に、藩の権力闘争に巻き込まれてしまう。次から次へと変化していく慎吾の周辺の状況。それに戸惑いつつも、一生懸命にしがみついていく慎吾の生き方が印象的である。
また、有朋堂の女師匠・鈴との微妙な関係も見逃せないところ。慎吾が江戸を離れて、臼隈藩に戻ったとき、慎吾は一年くらいで江戸に戻るつもりだったのだが、ずるずると月日を重ねてしまう。その間の鈴への思いは変わらないものの、月日がもたらす二人の関係はどうなるのか?
佐藤雅美の作品では、変わった職業を題材にすることが多い。本書もそうであり、あまりなじみのない手習の師匠を題材にしている。江戸当時の教育現場がどのようなものだったのかが、本書において詳しく書かれており、興味をそそられる。また、慎吾に旅をさせることで、上方大坂の手習塾の様子も描いているのが面白い。東西の教育現場の雰囲気の違い等が描き分けられている点も、本書の魅力である。
内容/あらすじ/ネタバレ
江戸の有朋堂という手習塾で教えている神山慎吾は、元臼隈藩の筆頭家老の嫡男である。父が不祥事を犯し、腹を切ったため、家禄は召し上げられ、微禄の下士に落とされた。その後、禄を藩に返上して素浪人として江戸に来たのである。
父が不祥事を犯したのは間違いないとして、腹を切るときに遺書を残さなかったのは不思議であった。この点が、慎吾にとって納得のいかないことだった。
有朋堂では師匠の宮川寛斎が病気がちのため、慎吾が代わりに男子の教壇に立ち、寛斎の娘の鈴が女子を教えている。この鈴は高圧的に話すものだから、慎吾は辟易していた。
それでも、慎吾はそれなりに満足して生活をしていた。しかし、臼隈藩の藩士片山郡兵衛がやって来て、お家のために力を貸さないかという。
今、藩元では家老・荒木大膳が施政を牛耳り、しかも藩の財政が悪化しているという。この大膳一派を駆逐するために力を貸せというのだ。なぜなら、慎吾は筆頭家老の名家の嫡男として据わりが良いからである。
慎吾は臼隈藩のことは関係ないと思いつつも、仕方なしに、先殿の松園に会う。会って、いわれたのは大阪に行って金を工面することであった。唖然とするが、仕方なしに、これを引き受ける。どだい無理な話だろうから、物見遊山で行くつもりになったのである。
大坂について、苦労はしたものの、銀主・天満屋五兵衛に会うことが出来た。天満屋は金を出そうという。しかし、代わりに慎吾が国元の臼隈藩に戻り、施政の中核に戻って、勝手方(財政)を担当することという条件付であった。ここに来て、慎吾は国元の家老・荒木大膳を打倒しなければならなくなった。
国に戻ることになった慎吾だったが、最初から波乱の幕開けであった。慎吾が帰国することがもれ、国に入る前に拘束されてしまう。命を落とすところだったが、九死に一生を得、国にはいることが出来たが、とても施政の中核にたどり着けるような状況ではなかった。食べていくために慎吾は再び臼隈藩で手習塾を広げることになる。
慎吾は、天満屋の約束を守ることが出来るのか?打倒荒木大膳はなるのか?そして、父が遺書を残さずに腹を切った理由は?
本書について
目次
子連れの手習子
前殿の頼み
担保
橋の下の野良犬
俄か名士
月夜の刺客
一揆の頭目
左門の忠告
黒髪山の牢獄
登場人物
神山慎吾
宮川寛斎…手習塾の師匠
鈴…寛斎の娘
寅吉…手習子
田中俊斎…大坂の手習師匠
狭閒左近将監忠継…臼隈藩主
狭閒右京…狭閒家別家
荒木大膳…家老
青山小四朗
松園…先代の殿様
加奈…松園の付き人
高橋左馬助…加奈の兄
山脇主水…江戸家老
片山郡兵衛
溝口左門…慎吾の剣術の師匠
小夜
文蔵…百姓
天満屋五兵衛…大坂の銀主