永福寺跡の訪問録(神奈川県鎌倉市)源頼朝が奥州合戦の慰霊のために建てられた寺[国の史跡]

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鎌倉永福寺跡案内板
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永福寺跡(ようふくじあと)

柵で囲われているので、見逃すところでした。看板がなかったら、単に私有地ゆえに囲われている場所としか思わなかったでしょう。

永福寺跡(ようふくじあと)。鎌倉の二階堂にある史跡。国指定史跡に指定されています。

永福寺は鎌倉時代初期、源頼朝が中尊寺の二階大堂、大長寿院を模して建立した寺院です。

鶴岡八幡宮、勝長寿院とならんで当時の鎌倉の三大寺社の一つでした。現在、残っているのは鶴岡八幡宮だけで、後の2つは焼失しています。

二階建てであった事から二階堂とも称されました。そのため、永福寺跡周辺が「二階堂」と呼ばれています。

源頼朝は奥州合戦を契機に、文治5年(1185年)に工事に着手しました。この寺は、源義経や藤原泰衡を初め、奥州合戦の戦没者の慰霊の為に建てられたものです。

鎌倉幕府成立時期については、次でまとめています。テーマ:平安時代末期から鎌倉時代初期(幕府成立前夜)

住所 鎌倉市二階堂148

この日のルートは、鎌倉駅から見て北東。イメージとしては鶴岡八幡宮の右上方面を散策しました。

鶴岡八幡宮 ⇒ 源頼朝墓と白旗神社 ⇒ 大江広元墓・毛利季光墓・島津忠久墓 ⇒ 荏柄天神社 ⇒ 鎌倉宮(大塔宮) ⇒ 永福寺跡 ⇒ 瑞泉寺 ⇒ 護良親王墓所

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鎌倉の永福寺跡
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