岩井三四二の「銀閣建立」を読んだ感想とあらすじ

この記事は約5分で読めます。

覚書/感想/コメント

通称・銀閣寺の建立を巡る小説です。室町時代のもっとも混乱した京を舞台に、幕府の大工である橘一族の三郎右衛門を主人公としています。三郎右衛門は実在の人物ですが、この建立に直接かかわったかは不明の人物です。

この小説のテーマは銀閣の建立にあるのはもちろんですが、この建立の過程で、当時の社会情勢や、今日にも通じる公共工事の談合、課税の問題などを織り込んでいます。

そして、もうひとつ、謎解きとして、なぜ銀閣を東山の浄土寺跡に建てなければならなかったのかというのが用意されています。この謎解きは最後の最後に回答が記されているので、最後まで楽しんで読んでください。

主人公・三郎右衛門を通じて語られるのは、不安定な社会情勢です。農民は飢饉と相次ぐ戦乱に疲弊しています。ですが、一方で足利義政は税をかけ、おのれのための山荘を造ろうとしています。社会矛盾を抱えながら、建立の進む東山山荘に三郎右衛門は疑問を感じています。

三郎右衛門の疑問と不安は長女・阿茶の死の場面で吐露されています。

『―阿茶に、祟ったか。
土一揆勢に襲われたと聞いて、瞬時に浮かんだのは、そんな懸念だった。東山山荘を建てるために年貢を搾りとられ、虐げられた者たちの恨みが、自分を通りこして阿茶にふりかかったのではないかと思ったのだ。』

日本人は大人しいと言われることがあります。海外と比べるとそうかもしれません。ですが、歴史的に見て、日本人は我慢の限界を超えると、一揆をおこしてきました。

現在もそのメンタリティーは失われていないと思います。さすがに、現在では暴力に訴えることはないですが、代りに選挙という合法的な手段によって不満を表すようになっています。政権を転覆させる力を民が持っている点において、現在の方がこの小説の時代よりも、大きな力を民は手に入れているのです。

内容/あらすじ/ネタバレ

五年ぶりの京である。

飢饉の後の応仁元年(一四六七)には四度の戦いがあり、もらい火で上京の過半が焼けた。

橘三郎右衛門はその後、美濃に家族と移り住んで大工として働いていた。今回戻ってきたのは、父・右衛門の呼び戻しによる。

右衛門は公方御大工の一人で、御所の他、京の寺院や大邸宅を手掛けている。

右衛門は、今度東山に上様の山荘を造る話が出たという。常御所や会所やら多くの建物が必要となる。

三郎右衛門は叔父・右近の現場でしばらく働くことになった。今は右近が棟梁だ。棟梁に戻りたければ、おのれの手で戻ることだ、と右衛門は言った。美濃に行くまでは三郎右衛門が棟梁だった。いずれは三郎右衛門が一門の総領になるが、今はそんなことは通じない。

末弟の岩松が家にいない。室町の公方様の下で下男奉公しているという。走衆になるつもりだという。走衆は侍だ。

右近のところで三郎右衛門は簡単な仕事を任された。三郎右衛門の仕事はとにかく早い。早い上に正確だ。あっという間に仕事をかたずけ、材木について話している内に、右近と言い争いになった。

東山山荘の奉行は結城七郎という。その結城に右衛門は挨拶に出かけた。

新しい山荘は浄土寺の跡に立てるという。しかも、現にある寺を取り壊して隠居所を造るのだ。尋常な話ではない。それにそこにはお墓もある…。

なぜそんなところを選んだのか?三郎右衛門にはわからなかった。

書きあげた地指図(平面図)をもって右衛門と三郎右衛門、右近の三人は結城七郎を訪ねた。

どうやら橘一門は出遅れているらしい。すでに平夜叉太郎、藤原惣右衛門は積り書を持ってきているという。

京で仕事を取るには、他に同朋衆をも廻らないといけない。手を動かす前に、口を動かさなければならないのだ。

長女・阿茶に縁談が来た。東寺御大工のせがれだという。

山荘の仕事は五つある。台所・門・対屋、常御所、山上亭、持仏堂、会所だ。

右衛門はこれを橘・平・藤原で分けようと相談したといった。一人一つを決める。これでみな面目がたつ。残る二つは競争だ。

台所・門・対屋は平、常御所は藤原、山上亭が橘だ。

明けて文明十五年(一四八三)。

三郎右衛門は同朋衆・楽阿弥を通じて上様からの指示に困惑している。

橘の山上亭は三郎右衛門の引いた指図で決まった。これで棟梁の仕事ができる。

頭の痛いのは材木の手配だ。美濃からの材木が止まってしまって京に入ってこないのだ。止めているのは、美濃の実力者・斎藤持是院妙純だ。すでに常御所の造営は木曾材が間に合わなかった。

結局、三郎右衛門は木曾檜の手配のため美濃に行くことになった。動かない理由は簡単だ。要するに金を払わないからだ。いくら将軍の命だからといっても、だめなものはだめだ。

山城国だけに段銭が掛けられたという。三郎右衛門はその話を聞くたびに、ぼんやりとした不安が胸をかすめる。

年を超えて、宇治の南と西が岡で徳政を叫ぶ土一揆が起こっていた。

文明十七年(一四八五)、山上亭が落成し、西指庵と名付けられた。これからは三人の幕府御大工による競争となる。

その前に、三郎右衛門は山上亭の残りの仕事にかかりきりだった。その時、不意に姿を現したのが足利義政だった。

今、奉行衆と奉公衆との争いが拡大している。奉行衆のほとんどが逃げている。おかげで、山荘の仕事は止まっている。

だが、三郎右衛門は持仏堂の雛形作りに没頭した。これを平夜叉太郎がまるで自分が作ったかのように仕組んだ。これがばれて、夜叉太郎は競争から脱落した。

長男・太三郎が家を飛び出した。大工が嫌で飛び出したのだ。

その間に、一通りの仕事は終わった。だが、ここにきてあるうわさが出てきた。それは東山に金閣をたてるのではないかというものだ。話は本当だった。

三郎右衛門は今出川御所に出かけた。今回の仕事は金をかけられない。とすると、あるものをうまく使いまわす必要があると考えたのだ。今出川御所はそれに適していた。

嫁いでいた阿茶が死んだ。土一揆に襲われたときの怪我が元だった。三郎右衛門は阿茶に祟ったかと思った。

東山山荘を建てるために、年貢を絞りとり、その恨みがふりかかったのではないか。そんな懸念があった。

本書について

岩井三四二
銀閣建立
講談社文庫 約三七五頁

目次

常御所
山上亭
持仏堂
観音殿

登場人物

橘三郎右衛門
太三郎…長男
阿茶…長女
橘右衛門…父
右近…叔父
衛門四郎…末の叔父
四郎五郎…弟
岩松…末弟
平夜叉太郎
藤原惣右衛門
国康
足利義政
結城七郎
北村宗右衛門…結城七郎の家来
千阿弥
楽阿弥
斎藤持是院妙純

タイトルとURLをコピーしました