日本史

作家か行

近藤成一「鎌倉幕府と朝廷」(シリーズ日本中世史②)の読書備忘録(要約と紹介と感想と)

鎌倉時代を俯瞰する 鎌倉幕府の成立時期から、その滅亡まで、約150年間の鎌倉時代を扱っています。 この時代の体制に関しては、権門体制論と東国王権論(二つの王権論)と二つの学説があるようですが、著者は権門体制論に批判的な立場のよ...
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テーマ:室町時代(下剋上の社会)

惣村の形成 室町時代の年表 14世紀後半に荘園領主や国人の支配する農村で、惣や惣村とよばれる結びつきが発達しました。 戦乱から村落をまもり、国人・荘園領主に抵抗するために、有力農民と成長してきた小農民でつくったものでした...
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テーマ:室町時代(室町幕府と勘合貿易)

足利義満の時代 室町時代の年表 14世紀末。3代目将軍の足利義満の時代に60年ほど続いた南北朝の動乱が終わります。 明徳3(1392)、南北朝を合体させ、守護大名を抑えて幕府の全国支配を完成させます。 幕府は京都の...
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テーマ:鎌倉時代~南北朝時代(鎌倉幕府の滅亡)

鎌倉幕府の滅亡 鎌倉時代の年表 悪党問題 14世紀になると、西国では悪党の動きが活発になります。その頃の幕府は得宗専制政治が極度に進んでいました。 悪党の実態は、本所による荘園支配再編の動きから排除された者でした。...
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テーマ:鎌倉時代(蒙古襲来)

東アジア情勢 鎌倉時代の年表 鎌倉幕府成立の頃、モンゴルのチンギス=ハンによるモンゴル帝国が発展していました。 東アジアでは中国北部の女真族による金を滅ぼし、朝鮮半島の高麗を服属させました。 平氏政権の頃から日本と...
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テーマ:鎌倉時代(鎌倉文化)

鎌倉文化 日本文化史(古代~近代)の流れはこちらでまとめています 鎌倉文化。新しい仏教教派があらわれ、仏教美術にも大きな変化がありました。合戦の連続の中で、人々の間に無常観が生まれ、宗教に救いを求めた時代でした。神道もこの時...
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テーマ:鎌倉時代(惣領制の成立)

武士団の世界 鎌倉時代の年表 村落に根拠地を置く武士の姿 館を構え、周囲に堀や溝をめぐらしました。 館の周辺には収穫がすべて武士の者になる直営地(門田)があり、武士に隷属する農民(下人・所従)が耕作を行います。 ...
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テーマ:平安時代末期から鎌倉時代初期(幕府成立前夜)

平安時代の年表 鎌倉時代の年表 平氏の台頭と鳥羽院政 鳥羽院制の開始 大治4(1129)年、白河院が亡くなります。継承した鳥羽院は、秩序を求めた祖父とは異なり、諸勢力の統合に力を注ぎます。 すぐさま蔵に封させ...
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テーマ:平安時代(荘園と武士団、院政と平氏政権)

荘園と武士団 平安時代の年表 醍醐天皇は藤原時平を重用し、延喜2(902)年に延喜の荘園令を出しました。 法に背く荘園の停止を命じ、班田の励行をはかり、律郎の再建を目指しましたが、もはや律令制度では財政を維持することが不...
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テーマ:平安時代(藤原氏の台頭、承平・天慶の乱、摂関政治、国風文化)

藤原氏の台頭 平安時代の年表 嵯峨天皇が亡くなると、藤原氏の北家が勢力を伸ばします。 天皇の信任にあつかった藤原冬嗣は皇室との姻戚関係を深めました。 子の藤原良房は太政大臣任じられ、858(天安2)年、清和天皇が幼...
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テーマ:平安時代(平安遷都、弘仁・貞観文化)

平安時代。平安京に都が置かれ、鎌倉に幕府が開かれるまでの約400年を指します。 初期は天皇が政治を行うこともありましたが、中期以降は藤原氏の摂関政治が展開されます。平安王朝や王朝文化とも言われ日本史において王朝といえば平安時代を指す...
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テーマ:奈良時代(平城京遷都から遣唐使、天平文化)

奈良時代の推計人口は725年時点で全国に4,512,200人です。弥生文化の発展とともに人口が急速に増加し始め、人口成長は千年ほど続き、8世紀を過ぎる頃から成長が鈍化し、11世紀になると農耕文明の初期における人口循環を一巡させたようです。...
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テーマ:飛鳥時代(律令国家の形成と白鳳文化)

律令国家の形成 飛鳥時代の年表 皇親政治 大海人皇子は673年に飛鳥浄御原宮で即位し天武天皇となります。 天武天皇は即位後1人の大臣も置かず、皇后(のちの持統天皇)や皇子(草壁皇子、大津皇子、高津皇子ら)たちと政治...
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テーマ:飛鳥時代(大化の改新から壬申の乱)

飛鳥時代の年表 蘇我氏の台頭 6世紀ころになると、勢力を伸ばしたのが蘇我氏でした。飛鳥の地に進出し、漢氏(あやうじ)などの帰化人の知識・技術を用いて、財政・生産を担い、仏教を広めました。 二人の娘を欽明天皇の后とし、皇子...
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テーマ:古墳時代から大和王権の成立まで

小国の時代  紀元前後の日本は、「漢書」地理志によると、倭と呼ばれ、100余の国々に別れ、朝鮮半島北部に置かれた漢の楽浪郡に遣いを送っていました。 「後漢書」東夷伝には、57年に、倭の奴の国王が光武帝に遣いを送り、印綬を与えら...
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